嘘の無い世界☆それは☆彼の世界

嘘の無い世界☆それは☆彼の世界

自閉症で重度知的障害のある息子。支援学校登校拒否から早6年。傷ついた心は何処へ

怖がり嫌がる障害児を無理やり風呂に入れ、爪が剥がれる怪我をさせ、登校拒否にさせ、そして逃げ続ける学校

待ち続けた日々

待っていた

いつか誠意のある話をしてもらえるものだと信じて待っていた

信じて待っていたが意味のない訪問だけが続けられた

もう訪問は結構ですと、ここに来る時間を学校にいる子供達との時間にあてて欲しいとお願いした

それでも訪問は続けられた。ならばとこちらから聞いてみた

「子供は何故爪の剥がれる怪我をしたのか教えて欲しい」と。

学校側から回答があった「お子さんが自分でやった」と。

「誰も見ていないのでわからないが、状況からして多分お子さんが自分で爪剥がしたのだろう」と。

ではどういう状況だったのか何度も聞いたが「誰も見ていないのでその時の状況はわからない」との一点張りだった

誰も見ていない、当然状況もわからない、でも多分お子さんが自分で爪を剥がした

私は頭が悪いので学校の説明が全く理解できず、そして納得がいかなかった

学校側は憶測で怪我の全責任を子供一人に押し付けるのか?

何があっても何をされても訴える事が出来ない知的障害児に全てを押し付けるのか?

障害児一人だけに心身の痛みを負わせ、自分達は何の痛みも負う事無く逃げるつもりなのか?

不信感だけが募っていった

校内で爪が剥がれる怪我があった事を知ってもらう為に、そして学校の管理がどうなっているのかを聞く為に話し合いの場を持ってほしいと何度かお願いしてきた

だが、ただの一度も叶う事は無かった

学校からしたら一人の登校拒否児の親の願いなどどうでもよかったのだろう

 

子供の苦痛や苦悩が少しでも克服出来る様に動いてくれる先生が現れるのではないかと

勝手に思っていた時期もあった

だが、子供が怪我をして休んでいる事を知らない先生もいた

学校の中でも公にされていない、公にしてはいけない、隠しておかなければならない事だったのだろうか

あまりにも馬鹿にしている

 

7年の月日がたった

こちらが望む事はいくら待っても来ないという事を理解した

学校側との話し合いを希望する事は二度とないだろう

7年待ったが逃げるばかりで学校側から誠意のある回答は何一つもらえなかった

ならばこちらも自分の思うまま、自分の言葉で発信していっても文句はないだろう

学校側に配慮する必要も遠慮する必要もない

登校拒否になってからずっと言ってきた事だが学校関係者の訪問を止めてほしい

子供の為の誠意のある訪問ならたった一度でも十分意味がある

だが意味のない訪問は100回やったって意味がない

学校の訪問とは誰の為の、何の為の訪問なのか?少なくとも我が子の為の訪問ではない

こちらから学校関係者に来てほしいと頼んだ事は一度もない

訪問した後の子供の様子を見た事があるだろうか?

訪問した後の子供の様子を気にした事があるだろうか?

子供は訪問者を覚えている

この7年間、学校の同じ人が何度も訪問すれば記憶している

学校関係の訪問者に対して母が学校の事で怒っている事もよく見てきている

私は今まで自分の感情だけで訪問を止めて欲しいとお願いしてきたわけではない

自分達の訪問も大事だろうが、子供の気持ちに配慮して欲しい

 

怖がり嫌がる障害児を無理やり風呂に入れ、爪が剥がれる怪我をさせ、登校拒否にさせ、責任を取りたくないが為に逃げ続ける学校の異常さ

怖がり嫌がる障害児を無理やり風呂に入れ、爪が剥がれる怪我をさせ、登校拒否にさせる

訪問される学校関係者でこの事について話をする人がこの7年間ただの一人もいなかった

ある学校関係者に話をした時には「いつまでもそのことを言っていても仕方ないから前に進まないと」と言われ、信頼していた人だったのでショックだった

前に進めていないのははっきり言って私ではない

虐待や怪我でいまだにトラウマが消えず、克服も出来ずにいる子供なのだ

私が一人勝手に進んだって子供がついて来れるわけがない

子供に寄り添い何とかしてあげたいと思って学校の話をしても“前に進め”と言われる

 

(前に進めないのは子供なんだから子供に言ってくれ!何もかも忘れて学校に行くよう子供を説得してくれ!過ぎた事なんて気にせず前向いて歩けって言い聞かせてくれ!出来るものならやってみてくれ)・・心の中だけで毒を吐く。

 

怖がり嫌がるも拒否出来ない障害児を無理やり風呂に入れるのは完全に虐待ではないか

(最初は綺麗にして貰えた事への感謝の言葉を連絡帳に書いている。子供が何も言わなかったのでそれが苦痛だったとは思わなかった。家ではお風呂はパニックになって暴れて危険なので体は洗面器に熱めのお湯を入れ石鹸を泡立てタオルにつけて洗ったり拭いたりしていた。頭はシャンプーを泡立ててその泡で洗い軽く絞った熱めのタオルで何度も何度も拭き取っていた。それでも耳やおへそとおへそ周りは触れようとするだけで怖がりパニックになった。何がそうさせるのか私達健常者にはわからない。言葉で伝える事の出来ない障害児なので嫌がる事、怖がる事、パニックになるような事を無理やりやる事は絶対になかった。命に係わる事や他人に余程の迷惑をかける事でない限り、健常者には理解出来ない障害児の持つ苦痛や苦悩はなるべく取り除いてあげたいと思って生活していた。お風呂も今は無理でもいつかは入れる様になるだろうと思っていた。耳やおへそに触れられることを怖がる事は知らせてあったのでまさか入学早々学校で風呂に入れられるとは思いもしなかった。オムツをしていたので便で酷く汚れる事もあったのかもしれない。だがそれが何度も繰り返されるうちに子供の目はうつろになっていった。恐怖で嫌がる障害児を洗面器風呂に入れる事に何の意味があったのか。最初の時に風呂に入れる理由を聞き止めてもらえばよかったのか。とてもいい先生に思えていたので信頼し感謝していた。それが間違いだったのだろうか)

 

校内で爪が剥がれる怪我をさせそれを証拠もなく子供だけに責任をなすりつけるのは問題ではないのか

 

担任や学校を怖がり7年も登校拒否を続けているのに何が原因かを調べようともせず対策を考えようともせずただ放置し続ける事は学校として余りにもずさんではないか

 

責任を取りたくないが為に、話し合いをしたいと何度お願いしても取り合わず逃げ続ける養護学校の異常さ

 

子供が学校に通った期間は1年生の4月から7月

その間休む事も多かった

たった一度公園に遠足に行った事がある

偏食が激しくお弁当に何を入れてあげようと悩んだ

ミートボールしかない

多分食べられるとしたらミートボールしかなかった

弁当箱にミートボール・・・見た目はさびしいが食べてくれればいい

後日先生が言った「給食を無理に食べさせていたけどミートボールを食べているのを見たら好きな物を食べさせるようにしようと思いました」と。

何も食べないではお腹が空くと先生も一生懸命食べさせてくれていたのだろう

「牛乳は飲めませんでした」「トンカツを食べる事が出来ました」

「シュレッダーに紙を入れるのをずーっとやってました」「ペンのふたを取ったままだったのでふたしといてねって言ったらちゃんと出来ました」

数少ない学校での子供の様子

通った期間が短く子供の事を聞く話も少ないが親としたら本当に大事な子供の学校の様子だ

我が子が失った時間、奪われた尊い時間、取り戻せない時間、子供として一番可愛くそして輝いていたであろう時間、運動会・遠足・野外活動・社会見学・修学旅行etc

学んでいく場である学校に奪われた、学んでいく時間

 

あの日子供は学校を休んでいた

家を訪れた先生は子供を学校に連れて来るよう言った

学校に来させないのは親の問題だと。

以前からお母さんはうつ病だから病院に行った方がいいと言われていた

割と近くに病院があるから今からでも行った方がいいとせつかれた事もあった

根拠も無しに人をうつ病だと決めつけ病院に行った方がいいと言われ続ける事に困惑していた

あの日、ある時間までは自分が必ず学校にいるから連れて来るようにと言い学校に戻っていった

何故休んでいる子を学校が終わるぐらいの時間に連れて行かなくてはいけないのか?

体調崩して休んでいる子を何故そんな時間に学校に?その理由は?その意味は?

こういう事がこの学校では普通なのか?

 

連れて行った

騙して学校に連れて行き、そして子供は爪の剥がれる怪我をした

何時までなら自分がいるからというのでその時間に合わせて連れて行った

が、着いた時から怪我をして学校を出るまで先生が顔を出す事は一度もなかった

子供が学校に行ったのはこの時が最後だ

小学校1年生の7月・・・多分学生としての最後の登校日になるだろう

怪我をして暫くして先生が来た

数分もせず帰っていった

それから担任が来る事は二度となかった

 

今年中学2年生になった

「進路の資料です」とポストに入っていたたった一枚の紙

障害があるとは言え学生として学校で楽しく学ぶ権利はあった筈だ

その権利を奪われたあげく、たった一枚の紙をポストに放り込まれるだけの我が子の進路

 

馬鹿にするにもほどがある

私の人生は子どもの為にある

自分の命がある限り子供の為に動く

笑われようが馬鹿にされようが、私は死ぬまで子供の為に動く

悪口を言われようが後ろ指をさされようが、母として子供の為に闘っていく

 

許さない